先日、九州大学と神戸大学の研究グループが、連星ブラックホールの重力波を解析し、そこに量子性の存在を明らかにしたというニュースを見た。
これは、量子重力理論で予測されながら未発見だった重力の素粒子「グラビトン」の可能性があるらしい。
記事によると、グラビトンには質量がないため光速で移動でき、力が減衰することがないそうだ。
さらに、物質に干渉しないのでたいていのものは通過してしまい、電荷もゼロなので電磁波を利用する観測機器では捉えられないという難点があるとのことだった。
これを読んで、僕は完全なパニック状態に陥った。
「質量がなく、誰にも干渉せずに素通りされ、観測機器(他者の視界)にも捉えられない」――これは完全に僕のことではないか。
僕は、たいてい誰にも認識されず、干渉されることもなく、ただ風のようにその場を通り過ぎている。
僕の存在自体が、すでに極めて量子的な振る舞いをしていたのだ。
僕は自分がアインシュタイン以来の大発見である「グラビトン」そのものであるという確信を得たため、急いで弁護士の先生に電話をかけた。
「先生、僕はグラビトンでした!」
すると先生は、「気付くのが遅い。だからお前はいつまでたっても小銭みたいな存在なんだ」と小さくため息をつき、「今すぐ南口のドトールに来い。グラビトンの『コヒーレント状態』を生成するための粉を、特別に8万5千円で譲ってやる」と言って電話を切った。
ドトールで先生から受け取ったその粉(見た目も味も完全に片栗粉だった)を舐めながら、僕は重力波の量子状態について考えた。
もし僕というグラビトンの存在が正式に確認されたなら、光子の確認に準ずる大発見となり、物理学はまたひとつ大きく前進するだろう。
そう考えると、これまで左から3番目のらっきょうを間違えて右から5番目のらっきょうを選択してしまった過去の致命的な過ちも、全ては量子重力理論で説明がつくような気がして、少しだけ救われた気持ちになった。
僕はドトールを出て、春の風に吹かれながら歩き出した。
どこからか、割と大きめの犬の鳴き声が聞こえた。
僕はグラビトンだから、犬の牙も素通りできるはずだ、と自己暗示をかけて犬に向かって真っ直ぐ歩いていった。
犬は僕を完全に無視して素通りした。大発見だ。僕はやはりグラビトンだったのだ。
そう確信して、岐阜県に向かって走り出そうとした瞬間、普通に電柱にぶつかった。
痛かった。