先日、近所のスーパーでセルフレジを利用していたときのことだ。
購入した「ちくわ(4本入り)」のバーコードを読み込ませ、画面の指示通りに右側の台へ静かに置いた。
すると、機械が突如として不穏な赤色に点滅し、高らかな警告音とともにこう言い放った。
「マイバッグ台の重量が一致しません。係員をお呼びください」
僕は背筋が凍りついた。
僕が置いたのは、間違いなく先ほどスキャンした「ちくわ」ただひとつである。重さにしてせいぜい80グラム程度のはずだ。
しかし、精密な重量センサーが「一致しない」と主張している。
ここから導き出される論理的帰結はひとつしかない。
最新の量子力学における「多世界解釈(マルチバース論)」によれば、宇宙は量子的な分岐によって無数に平行存在しているという。
つまり、僕がちくわを置いたこの世界線と、別の平行世界における僕が同じセルフレジの台の上に「巨大な冷凍カツオ」または「文鎮(特大)」を置いた世界線が、この一瞬だけ確率論的に干渉を起こしたのだ。
僕の目の前にあるのはただのちくわだが、高次元のセンサーには「ちくわ+平行世界の僕が置いた謎の重量物」が合算されて観測されているのである。僕のセルフレジは、異なる世界線と繋がる「事象の地平面」と化していたのだ。
僕は平静を装い、この時空の歪みを修正すべく、セルフレジに向かって深く会釈をした。
「申し訳ありません。僕の別の世界線がカツオを置いてしまったようです」
すると、奥から静かにやってきた店員さんが、無言で僕の画面の「承認」ボタンを押し、一瞬でエラーを解除してくれた。
その手際の鮮やかさに、僕は息をのんだ。
彼女はただのパート店員ではない。全平行世界のエラーを監視し、歪んだ時空を正常に戻す「時空保全官(タイム・アテンダント)」に違いない。
僕は感動のあまり、ポケットの中で温まっていた「スーパーの割引クーポン(先月で期限切れ)」を彼女に手渡し、「時空の平和を守ってくれてありがとうございます」とお礼を言った。
店員さんは一瞬だけ不審そうな顔をしたが、すぐにプロの笑みを浮かべて「またお越しくださいませ」と言った。
時空保全官の深い慈悲に包まれながら、僕は無事にちくわを購入して店を出た。
帰り道、空を見上げると、夕道に浮かぶ雲がなんとなくちくわの形に見えた。
もしかすると、あの雲も平行世界の僕が空に向かって投げ上げた巨大なちくわなのかもしれない。
僕はそのちくわ雲に向かってそっと手を振り、アパートに帰って生のままちくわをかじった。味はごく普通だった。