先日、東京大学の教授による、宇宙における生命の誕生に関する興味深い論文についての記事を読んだ。
記事によると、生命が存在しない状態から、自己複製できる高度な遺伝情報を持った生命体がランダムな反応によって偶然生じる確率は、あまりにも小さすぎて、通常の感覚ではまずあり得ないと考えられてきたそうだ。
しかし最新の宇宙論では、宇宙は我々が観測可能な138億光年という距離のはるかむこう側にまで、インフレーション宇宙として広大に拡がっている。
そのため、実験室で見られるような単純な高分子生成反応であっても、その広大すぎる宇宙のどこかであれば、偶然に生命が誕生することは十分に説明がつくのだという。
これを読んで、僕は完全なパニック状態に陥った。
なぜなら、「絶望的なまでに低い確率のランダムな反応であっても、宇宙が無限に広ければ、僕のような、脳の代わりにふやけた出汁昆布を詰められて出荷されてしまった失敗作が偶然ゲーム開発の現場に紛れ込み、生き長らえることが可能である」という事実が、現在の僕のライフスタイルと完全に一致していたからである。
僕が日々の業務において、プログラミング言語の仕様を一切理解しないまま、キーボードの上に偶然生肉を落としたり、ハニワを乗せてボタンを連打したりするランダムな挙動を繰り返しているにもかかわらず、なぜか毎月給料が振り込まれているという奇跡は、まさにこのインフレーション宇宙の広大さによってのみ説明される現象だったのだ。僕は138億光年の彼方から流れてきた、確率論的なバグの高分子だったのだ。
138億光年のむこう側。そこには、僕と同じ顔をした38人のガリガリに痩せた男たちが、全員で「埃(ホコリ)追っかけゲーム」に興じている星があるのかもしれないし、あるいは、手を使わずにパンツを脱ぐスキルだけで大統領に登り詰めた僕の「メイン」の世界線が存在するのかもしれない。
そう考えると、かつて自動左右判別プログラムの欠陥により、左から3番目のオバサンではなく右から5番目のオバサンを選択して全財産を失ったあの絶望的な過ちも、広大なインフレーション宇宙のランダムなゆらぎの中では、ごくありふれた単純な高分子の衝突に過ぎなかったのだと、深く心が救われるのを感じた。
僕は自由だ。
僕は8万羽の野鳥から野鳥税を徴収する新しい税制度の書類を握りしめ、そのまま勢いよく岐阜県に向かって走り出した。
しかし、北のほうへ向かう道の途中に、あらかじめ配置されたかのように佇む割と大きめの大型犬と目が合ってしまい、ものすごくこわかったので、大慌てで右に曲がって200メートル走り、24時間年中無休で店員が虚空を見つめているタイプのコンビニ『サソクス』の角を左に曲がって元の場所に戻り、大人しくアパートで『週刊・大人の科学(うろ覚え)』を読むことにした。



