AIの小間使いと四角い労働
最近、高度に発達したAIが、人間を時間給で雇って様々なタスクを依頼するという、雇用関係が完全に逆転した画期的なウェブサービスが話題になっています。
僕は普段、会社に勤め、仕事に忙殺される日々を送っているのですが、先日、弁護士の先生から「これを首に巻いていればAIの思考をジャックできる」という触れ込みの『電脳マフラー』を6万5千円で購入してしまい、深刻な資金難に陥っていました。
そのため、給料日までの足しになればと思い、副業としてすぐさまこのサービスに登録したのです。
(実際にはただの少し湿ったタオルでしたが、先生いわく「AIは湿気に弱いから、この湿り気こそが重要だ」とのことでした。)
僕を最初に雇ってくれたのは、「ゾークⅡ」という名前のAIでした。
AIから与えられた業務内容は、「画面上の右から5番目の四角い画像を、左から3番目に移動させる」というものでした。
これを見て、僕は過去のトラウマを強烈に呼び起こされました。
かつて僕が、99%の確率で間違った左右の判別をしていた「自動左右判別プログラム」の忌まわしい記憶です。
どちらが右で、どちらが左であるかという、人間にとって最も回答を得ることが難しい問題を、AIはいとも簡単に僕に突きつけてきたのです。
それでも僕は、会社員として培った責任感と、社会的価値が「犬以上バイク以下」である存在としての矜持を胸に、必死にマウスを握って画像を移動させようとしました。
しかしその時、突然僕の脳裏を「プランクトン」という言葉が電流のように駆け抜けました。
それと同時に、7×3は本当は3なのではないかという疑心に囚われてしまい、どうしても作業を続けることができなくなってしまったのです。
僕は急いで、7×3が21であるという事実を、電子計算機できちんと確認しようとしました。
僕が電子計算機のボタンを懸命に叩いている間に、無情にもAIからの雇用契約は打ち切られていました。
画面に表示された解雇理由は「予期せぬ奇行による著しい生産性の低下」でした。
僕はティッシュで涙を拭いてから、それを丸めて、そして空に向かって放り投げました。
AIのことも、資金難のことも、見通しのきかない未来も、全部ティッシュに包んで放り投げてしまえばいい。
そして僕は丸めたティッシュを放り投げたその先の空を見据えて、深呼吸を一度だけして、姿勢を正し、そして岐阜県に向かって走り出しました。
(途中で、明日は朝から出社して働かなきゃいけなかったことを思い出し、急いで電車に乗ってアパートに戻りました。)