不可知の隣人
かつて、病気の患者に対して右脳と左脳をつなぐ脳梁を切断する手術が行われていたことがあります。
その手術により生まれた分離脳患者に対して、ある実験が行われました。
まず、右脳にだけ「前に歩いてください」と命令します。
方法は、右脳につながっている左の耳だけに聞こえる小さい声で「前に歩いてください」とささやくことです。
それを聞いて患者は歩き始めます。
次に、左の耳に聞こえないよう右の耳に小声で「なぜ歩いているのですか?」と質問します。
左脳は、「前に歩いてください」という命令を受けたことを知りません。
彼は、「のどが渇いたのでジュースを買おうと思った」と答えました。
その場に自動販売機があったため、彼の左脳は行動に合理的な説明を後付けしたのです。
この実験から、彼の右脳と左脳は、別々の意識を持っていると推測されます。
この実験を知ってから、私は自分の意識が本当にひとつだけなのか疑問に思うようになりました。
確かに、右脳と左脳が繋がっている状態では知覚が共有されるため、上記の実験のような不思議なことは起こりません。
一方で、私の右脳と左脳で別々の意識があることを否定する根拠も思いつきません。
私は自分の意識に従って身体を動かしていると感じていますが、この実験から明らかになるように、意識は結局のところ後付けに過ぎないからです。
自分の身体に自分以外の意識が宿っていると想像すると、不思議な感覚に襲われます。